哲学部
人間の社会、文化、芸術、科学、技術はすべて哲学からはじまった。哲学は、だからいろんなことを教えてくれる。
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哲学を学ぶ、たった3つの重大な意味

哲学する意味ってなんだろう。どうして、この科学万能の時代に、古代や中世、ルネサンスなど過去に生きた、頭でっかちな人びとの頭のなかをのぞかなければならないのだろう。そんなの、時代錯誤もはなはだしい。

恥ずかしながら、40歳になるまでぼくはずっとそんなふうに思ってきた。けれどもある日、目が覚めた。とんでもない思い違いをしていたことに気がついたのだ。だって、ぼくが暮らしているこの世界のすみずみに、昔の哲学者たちの思索のかけらが息づいているのだから。彼らがいなければ、政治も、経済も、科学も、技術も、文化も、芸術も、なにもかも生まれてはいなかった。

哲学をひもとくことの、一番重要な意味は、それが人類の、つまりぼくら一人ひとりが根ざしている歴史のルーツを探る旅への出発点なのだということなのである。

1.哲学を知れば、自分が何者かわかる

哲学とは、人類史そのものである。

3千年を解くすべを持たない者は、闇のなか、未熟なままにその日その日を生きる」

『若きウェルテルの悩み』『ファウスト』で知られるドイツ人作家のヨハン・ヴォルフガング・ゲーテはこういった。

哲学を知れば、そういうふうに生きなくてすむ。そうなって初めて、人間は一人前になれる。猿以上のなにかになれる。つかみどころのない人生と、思うようにいかない世間のはざまを死ぬまでさすらいつづける、一介の旅人ではなくなる。

ゲーテがいいたかったのは、人類の歴史はぼくら自身の歴史ということだ。それを知らなければ、本当の自分などわかりっこない。ぼくらはみんな、何千歳も年を重ねてきているのだ。

2.あらゆる学問のつながりが見える

そうやって歴史の全体像をつかむことで、現存するあらゆる学問が体系的に見えてくる、というメリットも大きい。冒頭で書いたように、哲学はなにしろ、自然科学や社会科学、人文科学すべての源流なのだ。

学校ではなんの脈絡もなく、いろいろな科目の知識を詰めこまれるが、ああしたやり方はナンセンスだと思う。頭のなかに飛びとびに散らばる記憶なんて、テストでいい点をとるほか、なんの役にも立たない。それに、詰め込み式の勉強法は記憶しにくく、忘れやすい。応用が利かない。

物事は、それぞれの関連を知りながら覚えることで、記憶が強化され、忘れにくいものになる。なにより人生を豊かにする役に立ってくれる。本当の意味で、かしこくなれる。

3.問題解決力が身につく

ぼくらはいったい誰なのか、どうして生まれてきたのか、世界はどのようにしてできていて、どんなしくみでまわっているのか、いま目の前で起こっていることに意思や意味はあるのか、ぼくらはどんなふうに生きるべきなのか――。

哲学を学ぶことで、人生のさまざまな疑問に対する、自分流の答えが見つかるようになる。

そればかりではない。だれだって日常生活を送っていると日々、さまざまな違和感を感じることがあるだろう。哲学を知れば、そういう違和感から「問い」を立てることができるようになる。自分の頭で考えるきっかけがつくれるのだ。

「人はパンのみにて生くる者に非(あら)ず」

舌足らずで歯がゆいが、哲学をもっと学べばもっとうまく語れるようになる

哲学の意義が非常に大きいことは、ぼくももうよくわかっているのだけれど、そのメリットをまだ明快に語れない部分もあって、舌足らずな文章になっているかもしれないのが、歯がゆい。

だから、この文章は今後もちょくちょく手直ししていこうと思う。ちょっと違うな、こちらが正解などと思ったら、どんどん手を入れていくつもりだ。

とにかく記念すべき当サイト初の記事である。

これからゆっくり哲学についての思索をはじめようと思っている。哲学そのものばかりでなく、哲学が関連していることならなんだってテーマとしてとりあげていく。哲学は、個人のごく卑近な問題から、環境問題や宗教問題、貧困問題などといった、いまの地球にぞろめいている無数の難問までを解く重要なカギだ。

このブログが、どなたかの人生を少しでも豊かにする役に立つとうれしい。



40代前半。この年になると仕事でも私生活でもいろいろ思うところがあり、思索にくれるうちに頭がこんぐらがってきたから、ブログに思いのたけをつづって、ついでに問題を整理しようと思ったのが、当サイト開設のきっかけ。だから全部、日記みたいなもの。
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