哲学部
人間の社会、文化、芸術、科学、技術はすべて哲学からはじまった。哲学は、だからいろんなことを教えてくれる。
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ヘーゲル【HEGEL】

ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル(1770-1831)。ロマン主義の申し子だった。18歳で神学校に入り、31歳のころにはイェーナでシェリングといっしょに研究し、イェーナ大学で講師をしたあと、民族的ロマン主義の中心地ハイデルベルクで教授になった。48歳でベルリン大学へ移る。当時、ヨーロッパ思想の中心になりつつあった町だ。で、61歳でコレラで死ぬのだが、このころにはドイツのほとんどの大学にヘーゲル主義者が大量発生していた。つまり、カリスマ的超有名人だったのだ。ヘーゲルはロマン主義を統合し、発展させた。シェリングなどへはきびしい批判もおこなった。

シュリングやほかのロマン主義者は、世界精神が究極の存在だ、と思っていた。ヘーゲルはこの世界精神を「人間が表現するものすべて」という意味で使った。精神をもっているのは人間だけだからだ。ヘーゲルは、世界精神という、ふわふわとした神秘的なものを理性の側に引きつけたのだ。だから「世界理性」ともいう。ヘーゲルは、世界精神が歴史をつらぬいている、といったが、これも人間の生活や思考、文化について話しているのだ。ヘーゲルの世界精神は、石や木のなかでまどろんでいる知性――ゴーストのようなものでないのだ。カントは、人間は自然の奥底にある秘密、つまり物自体を認識できない、といったが、これは同時にたどりつけないにしても心理のようなものがどこかにある、と認めたことになる。ヘーゲルはしかし、人間の理性の外に心理があるとするカントの考え方を否定した。「真理は基本的に主観的なものだ」と考え、すべての認識には人間の息がかかっていると考えたのだ。ヘーゲルは哲学をもう一度地面に引きずり下ろそうとしたといっていい。

なお、重要なのは、ヘーゲルの守備範囲は広範だけれど、独自の哲学をもっていたわけではないという点。ヘーゲルがぼくらに教えてくれるのは、歴史の流れを理解するための方法なのである。世界の深い本性についてはなにひとつ教えてくれないが、考えるための方法を教えてくれる。これがけっこう使えるのだ。

ヘーゲル以前の哲学体系はどれも、人間は世界についてなにを知ることができるのか、人間の認識の基礎はなにか、ということを追求した。デカルトもスピノザもヒュームもカントもそうだった。でも、この人たちが議論していたのは結局、人間が世界を知るための、時間を超えた前提条件についてだった。それが哲学者の務めだと思われていたからだ。ヘーゲルは、そんなもの見つかりっこない、と考えた。人間の認識基盤は時代によって変化する、と考えたからだ。だから、永遠の真理も永遠の理性もない。たったひとつ、哲学者がアテにできるたしかなもの、それは歴史なのだ、と。しかし歴史はたえず変化している。なぜたしかといえるのか? ヘーゲルはこれを川にたとえて説明した。川の水はたえず流れているが、だからといって川についてなにも語れないということではない。いえないことがあるとすれば、川のどこが一番本物の川か、ということだけだ。歴史も川と同じようなもので、どこのどんな小さな水の動きにも、ずっと上流の滝や渦の動きがひびいている。でも、いまぼくらが見ている地点の石やカーブも流れを決めている。理性の歴史も同じ。そこにはぼくらより前の世代のあらゆる思想が流れこみ、ぼくらの時代の生活条件と一緒になって、ぼくらの思考を決定している。だから、ある考えが永遠に正しいなんてことはいえない。ぼくらがいま立っているところでは正しかったりするだけだ。正しいこともまちがったことも歴史に照らしてそう判断されるだけだ。もしいま、ぼくが奴隷制をとなえたら、笑われるか異常者と思われるだろう。でも2500年前なら笑われることはない。100年前、農地を広げるために森を切り開くのは理性にかなったことだった。でもいまはとんどもなく非理性的なことだ。ぼくらが保護か開発かを判断する基準は100年前とはがらりと変わったし、しかもかしこくなった。

理性もダイナミックなものだ、ひとつのプロセスだ、とヘーゲルはいっている。なにが真実かとか理性的かとかを決定する基準は、歴史のプロセスの外にはないのだから、真理とはまさにこのプロセスのことだ、と。だから、古代や中世やルネサンスや啓蒙主義からいろいろな思想を引っ張りだして、これは正しいとか、これはまちがっているとかいうことはできない。プラトンは正しいとか、アリストテレスはまちがっていたとかいうことはできないのだ。それは歴史を無視した考え方だ。哲学も思想も、歴史のコンテクストから切り離せない、とヘーゲルは考えた。そうして歴史にはもう一つ別の面もある。人は次から次へと新しいことを考えつくが、これは理性が発展的だから。つまり、歴史は発展的なのだ。人間の認識はたえず広がり、進歩している。世界精神はプラトンからカントやヘーゲルまでのあいだに発展し、進歩した。川でいうと、流れる水の量が増したのだ。でも、カントの思想もヘーゲルの思想も究極の真理ではないし、すぐに次の世代が力一杯批判してくるだろう。そういうことがずっと繰り返されてきたのだ。

世界精神は自分自身をますます深く知る方向に向かっている。海が近づくにつれて、川幅は広くなる。歴史は世界精神がだんだんと自分に目覚めていくひとつの物語だ。世界はいつもそこにあるのだが、世界精神のほうは、人類と文化の発展によつて自分自身にだんだん目覚めていく。ヘーゲルは、これは歴史が示す事実だ、ただの予言などではない、といっている。だれしも歴史を学べば、人類が自分を知り、発展させることをずっと目指してきたことがわかる。人類の歴史ははっきりと、合理性と自由が増える方向に進んでいる。脱線することもさんざんあるが、全体としてみればたゆみなく前へ前へと進んでいる。歴史は目的を持っているのだ。歴史は一本の長い思考の鎖だ。そしてこの鎖はきちんとした法則でつながっているのである。歴史をよく観察すれば、新しい思考はそれより前の思考を踏まえて立ちあがっていることに気づく。けれども新しい思考が立ちあがると、かならずもうひとつ別の新しい思考の反論を受ける。この緊張は、2つの思考のいいところをとって第3の思考ができあがることによって解かれる。これをヘーゲルは「弁証法」的発展と呼んだ。まず「肯定」があり、対立する主張「否定」が登場し、両者の橋渡しとなる「否定の否定」によって問題は消える、というプロセスだ。ヘーゲルは認識のこの3つの段階を「テーゼ(定立)」「アンチテーゼ(反定立)」「ジンテーゼ(総合)」とも言い表している。デカルトの合理主義をテーゼとして、それを否定するヒュームの経験主義をアンチテーゼとした場合、この2つの異なる考え方がつくりだす緊張関係は、カントのジンテーゼによって発展的に解消された、ということができる。しかし歴史はカントで終わりではない。カントのジンテーゼは新しい「トリオ思考法(トリアーデ)」、つまり三つ一組の思考の出発点となる。カントのジンテーゼはつぎのテーゼになって、またアンチテーゼが生まれてくるのである。少々理屈っぽいが、ヘーゲルはなにも歴史を型にはめようとしたわけではない。その逆で、歴史そのものからこういう弁証法のパターンが浮かびあがってくる、と考えたのだ。歴史をつぶさに観察し、弁証法を帰納したというわけだ。

弁証法があてはまるのは歴史だけではない。議論や解明をするとき、ぼくらは自然に弁証法でものを考えている。ぼくらはある考えに欠点を見つけようとする。ヘーゲルはそれを「否定的思考」と呼んだ。別にネガティブな意味ではない。ある考えに欠点が見つかれば、逆にその長所は救われる。たとえば、社会主義者と保守主義者がなにかの社会問題を解決するために話し合いをしたとする。両者はすぐにぶつかって、緊張関係が生まれるだろう。たぶん、どっちもある点では正しくて、ある点ではまちがっているのだろう。もしも両方ともかしこい人間ならば話し合うなかで、たがいの意見の一番いいところがはっきりしてくるのだ。

ちなみに、ヘーゲルは女性の権利についてこんなふうに考えていた。「男性と女性の違いは、動物と植物のようなものだ。どちらかというと、男性は動物の性質を、女性は植物の性質をもっている。女性は穏やかに発展するからだし、あいまいな感情を原理とするからだ。もしも女性が政府のトップなったら、その国は危険にさらされる。なぜなら女性は公共のニーズによって事にあたるのではなく、その時々の気分や好みで動くからだ。女性の人格形成は、わたしたちにはどうしてだかわからないが、知識を身につけることよりもむしろ生活をつうじて感覚的になされるものらしい。男性は思考の成果や技術的な努力を積み重ねて、理性的に地位を手に入れるのだ」。いまとなっては古い考え方だ。ヘーゲルも時代の子だったとわかる。が、現代の社会風俗や政治状況に鑑みるに、あながち誤謬だともいいきれないのではないか、とぼくは思う。

ともかくは、最終的になにが正しいかを証明するのは歴史だということだ。ヘーゲルは理性的なものだけが生き残る、と考えた。正しいものだけが生き残る。女性の権利の問題にしてもそうだった。ヘーゲルの時代の男たちが、女性が劣っているなどといったおかげで、女性運動はますます勢いづいた。ヘーゲル流にいうと、男性がテーゼ――ある肯定の立場を打ち出した。どうしてそうする必要があったかというと、女性たちが立ちあがり始めていたからだ。みんなが同意しているならとりたてて賛成する必要などない。そして、男たちが女性を見くだすほどにアンチテーゼ、つまり否定が強まった。ある考え方をつらぬくには、強力な反対者がいるのが一番だ。反対が強ければ強いほど、否定の否定にも力がこもる。「麦も踏まれて強くなる」ということわざの通りだ。

純粋な論理や哲学の世界でも、二つの概念がしょっちゅう弁証法的に張り合っている。たとえば、「あること」という概念について考えると、「ないこと」という概念をもってこないわけにはいかない。わたしが存在する、と考えると、「わたしはいつまでも存在しない」という考えが頭をもたげるのだ。存在と非存在の緊張関係はしかし、生成、「なること」という概念に「止揚」されるのだ。止揚される、というのは、発展的に解消される、ということだ。なること、つまりなにかが生成過程にあるというのは、なにかがあるけれどない、ということだからだ。

というふうに、ヘーゲルの理性はダイナミックなのだ。現実は対立矛盾だらけ。現実を説明するにも対立や矛盾をたっぷりとりいれなければならない。例を一つ。ニュートンが玄関に蹄鉄をかけた。幸運のお守りだ。でも、そんなものは迷信だ。しかもニュートンは迷信とはまるで縁のない人間だった。友人がそう思って、「きみはそんなものを信じているのか」と聞くと、ニュートンは「いいえ。でも効き目があるんだってよ」と答えたそうだ。この答えは矛盾しているが、じつに弁証法的だ。デンマークの物理学者ニールス・ボーアも世界を弁証法的にとらえた。ボーアはこんなことをいった。「真理には2種類ある。うわっつらの真理では、真理の反対物はもちろんまちがっているけれど、深い真理もあって、そこでは真理の反対物は真理と同じように正しい」。たとえばだれかが「人生は短い」という。また、別のときには「人生は長いなあ」といったとする。どちらも真実だ。

最後にもうひつだけ、ヘーゲル哲学の特徴がある。ロマン主義は個人主義だったが、ヘーゲルはそこへ弁証法を適用した。彼は非個人的なものを重視するようになった。それを彼は「さまざまな客観的な力」と名づけた。家族や国家のことである。個人を見失ったのではなく、軽視したのでもなく、ただ個人は共同体の部分だ、と見た。理性や世界精神は、人びとのたがいの働きかけから見えてくるものだからだ。理性はまずことばに表れる。そしてぼくらはことばのなかに生まれてくる。日本語は田中さんがいなくても困らないが、田中さんは日本語なしには生きていけない。一人ひとりの個人が日本語をつくるのではなく、日本語が一人ひとりの個人をつくっているのだ。これと同様に、個人は歴史的な環境のなかにも生まれてくる。だれもこの環境と自由な関係は結べない。だから、国家になじまない人は非歴史的な人だ。アテナイの哲学者もこういう考えだった。市民のいない国家も国家のない市民も想像できない、と。ヘーゲルによれば、国家は個人より以上のもの。国家はすべての市民を合わせたより以上のものなのだ。社会からエスケープすることなどできないし、社会に背を向けて、社会よりも自分自身を見つけようとする人間はおろかなのだ。

彼によると、自分自身を見つけるのは個人でなく、世界精神だ。そのステージは3つあって、目覚めの度合いも3段階ある。世界精神はまず個人のなかで目覚める。これを「主観的精神」と呼ぶ。次に、世界精神は家族や市民社会や国家でもうワンランク高い目覚めに達する。「客観的精神」だ。人びとのたがいの働きかけのなかに現れる精神だ。最後は「絶対的精神」だ。絶対的精神というのは芸術や宗教、哲学のことで、このなかで世界精神は自己認識の最高の形をとるのだという。なかでも哲学は精神の最高の形だ。なぜなら、世界精神は歴史における役割を哲学のなかで反省し、そこに自分を映しだしているからだ。哲学のなかで初めて、世界精神は自分に出会う。だから、哲学は世界精神の鏡だ、といえる。

作家の立花隆さんによると、ロマン主義や思弁哲学――ヘーゲル、カントは袋小路で、その先の展開がない。カントはともかく、ヘーゲルは彼の世界精神に関する思索をみると、そうかもしれないと思う部分もある。



40代前半。この年になると仕事でも私生活でもいろいろ思うところがあり、思索にくれるうちに頭がこんぐらがってきたから、ブログに思いのたけをつづって、ついでに問題を整理しようと思ったのが、当サイト開設のきっかけ。だから全部、日記みたいなもの。
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