哲学部
人間の社会、文化、芸術、科学、技術はすべて哲学からはじまった。哲学は、だからいろんなことを教えてくれる。
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ヘレニズム時代は、いまでいうグローバリズムだ

マケドニア

アリストテレスが死んだころ、アテナイはすでにギリシア文化の担い手ではなかった。

ギリシアで起こった反乱を鎮圧したことを契機に、マケドニア王国(バルカン半島南部マケドニアの古代王国、ギリシアの隣国)のアレキサンダー大王(前356~323年)による支配がはじまっていたからだ。

アレキサンダー大王による征服劇

アレキサンダー大王の戦いアレキサンダー大王は少年期、アリストテレスを支持。父親の死後、まずはギリシアを支配し、ついでペルシア帝国とエジプトを制圧。さらにインド北西部まで大遠征をおこない、シリアからインドまでの全オリエントを制服した。

新時代の幕開けである。

東西の交通と経済は猛スピードで発達し、文化融合が進んだ。

そんな新世界の中心として、アレキサンダー大王が据えたのはギリシア文化。これは、彼が少年時代にアリストテレスから薫陶を受けたことと無関係ではなかろう、とぼくは思う。

ただし、政治はギリシアを踏襲しなかった。ギリシアは共和制だったけれど、アレキサンダー大王は絶対君主制を敷いたのだ。

でもそこにも、師匠アリストテレスの影響が色濃くあらわれているようにぼくは感じる。というのは、アリストテレスの理想の国家像は「君主制」だったからだ。

かくして、ギリシア語とギリシア文明をベースにした国際共同社会が誕生したわけである。

ヘレニズム時代の開闢(かいびゃく)

300年くらいつづいたこの時代を、ぼくらはヘレニズム時代(前334~前30年)と呼んでいる。

ヘレニズム、というのはギリシア風の文化、との意。古代ギリシアの文化はマケドニアとシリアとエジプト、このヘレニズム3大国に浸透していった。

宗教の混交――習合(シンクレティズム)で、みんなウツに!?

ヘレニズム世界

ヘレニズム時代のいちばんの特徴は、いろんな文化の垣根がとっぱらわれたこと。宗教は混交し、そこから新しいものが生まれてきた。これを「習合(シンクレティズム)」という。

ただし、シンクレティズムによる急激な変化は、ひとびとの心に暗い影を落とすことになった。それはそうだろう、これまで信じてきた心のよるべを一夜にして失ったのだ。

宗教観や人生観は激しく揺さぶられ、ぐらつき、ニヒリズム(絶対的価値を失い、否定または絶望する立場)やペシミズム(この世は悪に満ち、人生を悲惨なものととらえ、現世に真の幸福はないとする立場)にとらわれてしまう。

ひとびとは、

「世界は老いた」

なーんて、さかんに口にしていたという。

だから、この時代に興った宗教はいずれも、

どうすれば死から解放されるか。

ということを説いていた。

教義は隠され、儀式に参加したり、秘密結社のメンバーになったりすることで、永遠の命や不死が手に入るととなえていたそうだ。まるで、現代のカルトである。

ここまで書いてきて、こんにちの国際情勢になんだか似ているぞ、なんてぼくはふと思う。

グローバリゼーションがハイピッチで進み、経済や文化の仕切りはどんどん消失している。ヨーロッパでは十数世紀ぶりの民族大移動がはじまっている。経済、文化、宗教がひとつの巨大な釜で煮込まれる。

敏感なひとはそのすさまじい環境変化に戸惑い、おびえ、絶望したりする。ペシミズムにとらわれたそういうひとたちの受け皿となっているのは、奇しくもカルト教団。カルトはいま世界中で雨後のタケノコのように増えている。その数、ざっと4000にのぼるという。

でも悲観することはない。ヘレニズム時代がローマ時代の夜明けであったように、今世紀のシンクレティズム――グローバリズムもきっと新しい時代への架け橋となる。人類がさらなる高みへ飛躍するために必要な段階なのだ。そう考えると、ちょっとワクワクしてくる。

さて、話をもとに戻そう。

新世界の中心はアレクサンドリア

エジプトのアレクサンドリア

ヘレニズム文化の中心は、アレキサンダー大王がエジプトに拓いた新興都市アレクサンドリア(右写真は現在のアレクサンドリア)。東西の文化が邂逅する場所として、重要な役割を果たした。

科学の都でもあった。

立派な図書館が建てられ、数学や天文学、医学、生物学の中心となっていた。

アテナイの哲学は健在

といっても、哲学の中心はアテナイにあった。

この時代の哲学者も、ソクラテスプラトン、そしてアリストテレスが打ち立てた、数々の「問い」を深掘り、「解」をみつけようとやっきになっていた。

その「問い」のメーンテーマは、

人間はどのやってもっともいい人生を送り、そして死ぬべきだろうか。

このため、このころの哲学では「倫理学」に力点が置かれた。本物の幸福はどこにあるのか、手に入れるにはどうすればいいかが焦点となったのだ。

そうした哲学の流派には次の4つがある。

次章では、これらを順番に解説していこうと思う。

そのまえにヘレニズム世界がそののちどうなったのかについて軽く触れておきたい。

ヘレニズム時代からローマ時代へ

紀元後50年あたりで、ローマが勢いをとりもどし、ヘレニズム世界にどんどん版図を広げていく。きわめつけは、紀元前30年のエジプト征服。アレクサンドリアが墜ちたのだ。これをもって、ローマはヘレニズム時代に完全にピリオドを打った。

ローマ文化による支配がはじまった。共通語は、ギリシア語からラテン語に変わる。

ローマ時代(古代末期)のはじまりである。

胸に刻んでおきたいのは、ローマ時代がはじまるずっとまえから、ギリシア文化はローマに深く浸透していた、ということ。

政治的なイニシアチブは明け渡しても、ギリシアの文化と哲学はこれから先もずっと、ヨーロッパ社会に大きな影響をおよぼしつづけるのである。

つづく



40代前半。この年になると仕事でも私生活でもいろいろ思うところがあり、思索にくれるうちに頭がこんぐらがってきたから、ブログに思いのたけをつづって、ついでに問題を整理しようと思ったのが、当サイト開設のきっかけ。だから全部、日記みたいなもの。
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