哲学部
人間の社会、文化、芸術、科学、技術はすべて哲学からはじまった。哲学は、だからいろんなことを教えてくれる。
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最初の哲学者は、ミレトス派の自然哲学者タレス

ミレトス

哲学が産声をあげたのは、紀元前600年ごろのギリシア。このころ日本は縄文時代。ぼくらの先祖は狩猟採集生活をしていた。斧や槍を振りまわしてイノシシやシカをつかまえたり、木の実を集めたりしていたのだ。

そういう暮らしぶりだったから、哲学を始める余裕なんて到底なかった。

でも、古代ギリシア人はこの時代、ポリス(都市国家)をたくさんつくっていた。すでに農業もさかん。葡萄酒を大量製造していたらしい。ほかの都市へ輸出までしていたそうだ。叙事詩作家ヘシオドスが書いた『仕事と日』は世界初の農事暦。当時の農業にくわしい。

そういうわけで彼らの暮らしには余裕があった。しかも、肉体労働は奴隷のもの。自由市民たちは政治や文化に専念していた。自由に思索をめぐらせる時間的な、精神的な余裕があったのだ。

古代ギリシアで哲学が誕生したのは必然だった。そうした生活条件が人間の思考を飛躍させたのだ。

最初の哲学者は、五感と頭で自然を理解しようとした

最初の哲学は、神話の世界観を捨て、神話に頼ることなく、自然現象を説明することに腐心した。経験と理性のみを使い、自然の営みを自然に即した方法で説きあかそうとした。

だから最初の哲学者たちは「自然哲学者」と呼ばれている。彼らはみな、似たような考え方をした。世界のすべての変化のおおもとには、たったひとつの「元素」があるという考え方だ。

植民地ミレトスの3人の自然哲学者

この時代に活躍した自然哲学者は3人。みんな、ギリシアの植民地ミレトスの出身だ。だから、ミレトス学派と呼ばれている。3人ともそろって「元素」の存在を語ったけれど、その元素がなにか、という点についてはそれぞれ少しずつ見解が異なっているのがおもしろい。

哲学者 この人のいう元素 解説
タレス
(前624~546)
すべての起源(アルケー)は水であり、生命は水から発生し、水に返ると考えていた。タレスは人類最初の哲学者。旅好きで、エジプトではピラミッドの高さを初めて測ったという逸話が残っている。日食も予測したというから、人類史上初の天文学者といえるかも。
アナクシマンドロス
(前610~547)
無限定 この世界は、何かから生まれ何かへと消えていく、そんなたくさんの世界のひとつにすぎないと考え、その何かを「無限定(アペイロン)」と呼んだ。アペイロンの定義を説明するのは難しいが、特定の物質でなく、なにか人知を超えたこの世ならざるものをイメージしていた。
アナクシメネス
(前570~525)
空気
空気か息(プネウマ)が元素だと考えていた。アナクシメネスによれば、水は空気の固まったもので、水が固まると今度は土になるという。さらに、火は薄められた空気とも考えた。つまり、万物の根源を空気だと考えていたのだ。

 

哲学は、すべての学問のルーツ

タレスこうしてみると、タレスもアナクシマンドロスもアナクシメネスも、まるで子どものような感性で世界をとらえていたように思う。彼らのいう「元素」は、世界の実像とはまったくかけ離れている。

ただ、ここで注目すべきなのは、彼らの産み落とした「元素」という概念は、その後の近代科学においても重要な役割を果たしてきた、ということだろう。自然科学という学問分野は、最初の哲学者たちが拓いたといえる。いや、それだけでなく、じつは社会科学や人文科学など、すべての学問のルーツは哲学にあるのだ。

ということを思うだけで、ぼくには哲学を学ぶ大切さが、何倍にも大きくみえる。

ギリシア哲学の元素と、縄文文化に共通点!?

当時の日本の縄文人たちはその日暮らしで、哲学に目覚める余裕なんてなかった、とさっき書いたけれど、彼らも自然界の構成要素である「地」「水」「火」「風」を重視していた。「地」は土だし、「風」は空気(プネウマ)。そうやってみると、空気と土と水と火について語ったアナクシメネスにかなり近い。

もっとも、ぼくらのご先祖は、ミレトス派の哲学者たちのように哲学的な思惟を経てそういう考えにいたったわけでなく、精霊崇拝の延長線上でそういう着想を得た。

縄文人が「地・水・火・風」を崇拝した理由

縄文時代というと、縄文土器。この縄文土器の製作は、縄文人にとってはとっても神秘的でミラクルな作業だった。だって、ただの土が、土器というまるで性質の異なるものへ変化するのだから。そんな土器づくりに欠かせないのは「土」、土をこねる際に使う「水」、土器を焼くときに必要な「火」、火を熾すのに不可欠な「風(空気)」。だから、彼らはこの4つの精霊を自然界の構成要素のなかでもとくに重要視したのだった。

こうしてみると、場所が違っていても、人間、という生き物の考えることにはさほど大きな開きはないのだなあ、地球の裏側にいる人ともぼくらはやっぱりつながっているのだなあ、という気分になる。

ミレトス学派のあとを引き継いだのは?

ミレトスの3人の哲学者は、「元素」がどんなふうにして別のかたちに変わるのかという「変化の問題」には目を向けなかった。

この「変化の問題」に目を向けたのが、植民地エレアの哲学者たちだった。

次の記事では、エレア学派のなかでもとくに有名なパルメニデスと、パルメニデス同様、「変化の問題」にとりくんだヘラクレイトスについて書いてみようと思う。

つづく

photo credit: Miletos (V) via photopin (license)
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40代前半。この年になると仕事でも私生活でもいろいろ思うところがあり、思索にくれるうちに頭がこんぐらがってきたから、ブログに思いのたけをつづって、ついでに問題を整理しようと思ったのが、当サイト開設のきっかけ。だから全部、日記みたいなもの。
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