哲学部
人間の社会、文化、芸術、科学、技術はすべて哲学からはじまった。哲学は、だからいろんなことを教えてくれる。
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プラトンが7分でわかる!

ソクラテスとプラトン

プラトン(紀元前427-347)は、ソクラテスの弟子だ。

ソクラテスやプラトンが暮らしていたアテナイはそのころ、ギリシアで一二を争うポリスとして活況を呈していた。哲学者や知識人がつどい、それにともなってさまざまな学問が勃興、発展。一般市民の文化レベルは高く、日ごろから政治や経済、民主主義、倫理観などについて、街角や酒場でさかんに議論をかわす姿が見られたという。

そんなアテナイで、あるとき市井の人々の足元を揺るがす大事件が起こった。ソクラテスが、神を信じず、人心を惑わす、という嫌疑で捕縛され、弾劾裁判で死罪をいいわたされたのだ。時の権力者たちをあけすけに批判したことで、彼らの不興を買ったのが原因だった。

ほどなくソクラテスは毒殺された。アテナイきってのインテリが、である。このとき、プラトンは29歳だった。

恩師ソクラテスの死が、プラトンに社会の実相をつきつけた

この事件は、その後のプラトンの、哲学者としての生き方におおいに影響することとなる。彼は、表向き民主主義を標榜するポリス(都市国家)の裏側でひっそりと、しかし根深く息づく闇を見た。これまで彼が眼にしてきた世界が音を立てて崩れ去った。現実と理想のあいだに横たわる大河を埋める方策を、彼は粛々と練りあげていく。

哲学の学校を創ろう、などという大それたことを思いついたのは、それがきっかけだったのではないか、とぼくは思う。権力者たちから、学問や思想、言論の自由を守るにはもっと力をつけなければ――そう考えたとしても、なんら不思議はないからだ。

哲学の学校「アカデメイア」創設

プラトンは、哲学の学校「アカデメイア」を創設した。アカデメイアの名は、後者がアカデモスという英雄の名がつけられていた森にあったからだが、これは後世、「アカデミー」や「アカデミック」の語源ともなる。

アカデメイアでは、哲学と数学と体育を教えた。

「知識は記憶である」(ソクラテス)

恩師の言葉は、心の深い部分からプラトンを鼓舞していたにちがいない。

プラトン哲学のテーマ

プラトンが強い関心を寄せていたのは、次の2つだ。

  • 永遠に変わらぬもの。
  • 流転し、変化するもの。

ソクラテス以前の自然哲学者と同じである。いや、ソクラテスソフィストたちとも同じだ。彼らは、自然哲学者と異なり、思索の対象を自然から人間、ひいては人間社会へとスライドさせたけれど、やはり永遠不変なもの、そして移ろうものについて考えていた。人間の道徳心や、人間社会の仁義、美徳といったものは普遍か否か、という問いを追いかけていたのだ。

この問いに対し、ソフィストらが出した答えは、

【ソフィストの解】アテナイとほかの都市国家でも、善悪の観念は異なっている。だから、時代や場所、環境が変われば、モラルの有り様も変わる。

これに対し、ソクラテスの解は、

【ソクラテスの解】人のいとなみの底辺には、古今東西変わらぬ規範がある。一方、われわれの理性も永遠不変である。だから、理性が規範を探りあてることは可能だ。

さて、解が2つ出たところで、この問いに対するプラトンの答えをみると、じつはそのどちらでもない。これがじつにおもしろい。

自然界と人間界の双方に関心を寄せた

本題に入る前に知っておきたいのは、プラトンの興味範囲は、自然界から人間社会までをカバーしていたという点である。彼は、人間が住むこの地球で起こる、あまねく現象のなかから、ずっと変わることのない「本当の世界」をつかみとろうとした。

「なにが永遠に正しく、なにが永遠に美しく、なにが永遠の心理なのか――こうした「本当の世界」をとらえて、大衆に示すことが、哲学者の使命だ」(プラトン)

うむ、ぜひとも教えてほしいものだ。

というわけで、とても気になるプラトンの解なのだが、じつはソクラテスともソフィストとも大きく異なっている。弁証法的により高次の解に到達した、ということではなく、かなりぶっ飛んた説である。

合理主義者のプラトンがぶちあげた「イデア説」に興味津々!

プラトンは、自然界に存在するものはすべて、シャボン玉と考えたのだ。そう、壊れて消えるあのシャボンである。ぼくらが物理的に触れたり、五感で感じたりできるものは全部、時間に浸食されるなにかでできていて、いつかは流れ去るもの、滅び去るものだと、プラトンは考えたのである。

だから、最初の哲学者(ミレトス学派の自然哲学者――タレス、アナクシマンドロス、アナクシメネス)のいう元素や、エンペドクレスの「根――空気、水、土、火」、デモクリトスが提唱した「原子(アトム)」など存在しない、と。

彼はこういった。

もし元素があるなら、それがどうやって、草花や虫や動物に生まれ変わるのか説明できるか。できっこない。

ただし、プラトンは永遠不変のなにものかの存在を完全に否定していたわけではない。彼は、人間の感覚世界にあるものはすべて、おぼろで実体のつかめないものとし、人間はそういった移ろうものへの「たしかな知(エピステーメー)」を手に入れることはできないとしながらも、理性で理解できるものについては永遠不変であり、それらのエピステーメーを手に入れることは可能だ、と考えていたのだった。

蛇足ながら、「たしかな知(エピステーメー)」に対し、不確かな意見をプラトンは「意見(ドクサ)」と呼んでいた。

たとえば、「この料理、おいしい?」と聞いて返ってくる答えは十人十色だが、「3+4は?」の答えはひとつしかない。理性は、感じることとは真逆なのである。その意味で、理性は永遠不変だといっているわけである。

このように、プラトンは徹底した合理主義者。だから数学には大きな関心を払っていた。1+1はつねに2だし、四角形の内角の和は100年後も360度だからである。

感覚界のうしろにある本物の世界、イデア界

さて、ここで満を持して「イデア」の登場だ。イデアというのは、自然界の現象を説明するために、プラトンがひねりだしたアイデア(イデアの語源)。

個々の物体や生きものは不確実なものだとしても、キツネはキツネ、カラスはカラスとして決まった形態、特徴をもって生まれてくるからには、そこになんらかの確実性、不変性を感じずにはいられない。これを、プラトンは「イデア」と名づけたのである。

「イデア」とはすなわち、時間や物質と無関係に存在する「型」である。生きものや物体にはそれぞれ型があり、自然界のあらゆる現象のひな形となっており、永遠不変である、としたのだった。

この思いつきを本人、いたく気に入った様子。次は、世界を「感覚界」と、その背後にある「イデア界」に腑分けし、イデア界こそが本当の世界だと断じたのであった。

これが、有名な「イデア説」だ。

ぼくらの肉体は感覚界に属しているから、いつかは滅するが、精神は物質でないから不死、つまり永遠不滅。だから、イデア界をのぞきこむことができるのだという。が、プラトンによれば、ぼくらの魂はその昔、イデア界に暮らしていたのだけれど、母親の胎内から外界へ産み落とされる際に肉体へともぐりこみ、その刹那、ほとんどのイデアを忘れてしまうのだとか。さらにイデア界をのぞく方法も忘れてしまっているのだという。

たまに、見知らぬ場所で、突如としてなつかしさを覚えることがある。プラトンによると、ずっと昔のイデア界での記憶がよみがえっているからだそうだ。周囲にある動植物や物体のイデアを無意識のうちに心の眼で見、それが引き金となって、ぼくらの魂は本来の住処への望郷の念に目覚めるのだそうな。

イデア界への望郷の念、それをプラトンはエロスと呼ぶ

イデア界に対する、こうした魂の傾倒を「エロス」と、プラトンは呼んだ。エロス、というのは、ギリシア神話の愛の神。プラトンも、エロスを愛という意味で使った。

むろん、単なる肉欲などとは区別して使用していたらしく、イデア界に対するあこがれは、最高にプラトニックな愛であるとし、彼はそのエロスを、

「真・善・美に到達しようとする哲学的衝動」

として礼賛していた。

ともあれ、プラトンは自然界のすべての現象を、イデア界の影絵のように考えていた。そして、こんなふうにぼくら人間のおろかさを嘆きもしていたという。

普通、なにかの影があらわれたら、わたしたちは目を凝らして実物を確認しようとするだろう。ところが、この世の人たちはみんな、影のなかの生活に慣れてしまい、満足してしまって、すべてが影だなどとは疑おうともしない。そうやって、魂が不変なのだということさえ忘れてしまっている。

まとめ

イデアを、物体や動植物の単なる「型」としてとらえると、現代に暮らすぼくらはちょっと突拍子のない印象を受ける。けれども、理性を使ってきちんと把握した、ものごとの真の実存は不変だという考え方は、なにごとにもプラトンのいうエピステーメー、つまり普遍的本質があって、ぼくらはそれを感覚でなく理性で見通し、理解する慧眼と努力を怠ってはいけない、といわれているような気もしてきて、そのうちなにやらありがたい気分になった。

プラトンが描いた、理想の国家像についても触れたかったが、長くなったので今回は割愛。こちら「プラトンの、理想の国家像」にまとめておいたので、興味のある方はどうぞ。

つづく



40代前半。この年になると仕事でも私生活でもいろいろ思うところがあり、思索にくれるうちに頭がこんぐらがってきたから、ブログに思いのたけをつづって、ついでに問題を整理しようと思ったのが、当サイト開設のきっかけ。だから全部、日記みたいなもの。
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