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5分でわかるソクラテス

SOCRATESの胸像哲学界の巨人である。

1行たりとも文章を残してはいないけれど、ヨーロッパ思想に最大級の影響を与えた人物だ。背が低くて、太り肉。鼻は上を向き、無愛想な顔つきをしていた。つまり醜男だったが、心は「金無垢のすばらしさ」だったという。

そんなソクラテス(紀元前470-399)の生涯は、弟子のプラトンが「対話篇」を通して伝えている。この点、なんとなくイエスに似ている。イエスもみずから書き物はせず、弟子のマタイやルカが彼の言葉をのちに筆記した。

ソクラテスの哲学者としての特長

ソクラテスの活動の特徴は、民衆を教育したり、導こうとしたりしなかったところにある。

彼の母親は産婆だが、彼もまた自分を産婆と呼んだという。といっても、お産の手伝いをしていたわけではもちろんなく、ソクラテスは自分の仕事を、他人が正しい理解を生みだす手伝いをすることだ、と考えていたのだ。彼によれば、本当の「知」というものは、自分の内側から湧きあがってくるものであり、そういう「知」だけが、本物の理解となりうるのである。

それはいみじくも子どもを産む能力のようなものであり、生得の力。だから、すべての人間は、頭をきちんと働かせさえすれば、哲学上の真実を理解できるのである。

1.ソクラテス的アイロニー

そんなわけで、ソクラテスは無知を演じつづけた。わざと愚かしそうなフリをした。これを俗に、「ソクラテス的アイロニー」と呼ぶ。

とにかく彼は触れるものをかたっぱしから感電させるデンキウナギのような存在であった。結果、議論の相手が怒りだすことも少なくなく、殴られることもあったそうだが、

「ロバに踏みつけられたからといって、訴える人がいるかね」

といって、乱暴者を畜生扱いし、意に介さなかったという。

2.権力者を真っ向から批判

また、ソクラテスは歯に衣着せぬ物言いで、権力の濫用を批判した。そのため、社会の実権を握る人々は、彼を迫害。紀元前399年には、

「若者を堕落させ、神々を認めない」

という、現代なら考えられないような罪状で訴えられて、なんとわずかな差で有罪になってしまう。恩赦を願いでれば助かる公算は大きかったが、信念を裏切ることはできぬ、と考える堅物だったため、昂然と頭をあげて死に臨み、七十余年の生涯を閉じた。

強い勇気と使命感を持つ人物だった。そして、そのために命をなくした、という点もイエスと似ている。

3.哲学のテーマは、人間の生活

そんなソクラテスのテーマは、ソフィスト同様に人間の生活の探求にあった。とくに善、正義、美徳。半面、自然哲学者たちの問題には関与しなかった。

「ソクラテスは哲学を天から地上へともたらし、都市や家に住まわせ、人間に人生と習慣、善と悪について考えるようにしむけた」

古代ローマの哲学者キケロ(前106~前43)の言葉である。

4.ソフィストでなく、フィロソフォスだった

ソクラテスはソフィストではなかった。ソフィストという連中は、現代でいう学校教師やディレッタント(学問を趣味でやる人)の類。彼らの多くは、ちっぽけな知識にあぐらをかき、博識を鼻にかけているくせになにも理解していない。

だから、ソクラテスはみずからを「哲学者(フィロソフォス=知恵を愛する人)」と名乗った。

むろん、ソクラテスはソフィストのように知識をおカネに代えたりはしないし、知恵を手に入れるために生涯をかけて努力した。

5.無知の知

ソクラテスによると、哲学者は自分があまりものを知らない、ということを知っている。自分は人生や世界についてなにも知らない、ということを、はっきりと自覚しているという。事実、彼自身、自分がどれほどものを知らないかということで懊悩していた。

哲学者とは、自分にはわけのわからないことが世にごまんとあることを知っている人、そしてそのことに悩む人をいう。だから、ひとりよがりの知識で天狗になっている知ったかぶりより、哲学者はずっとかしこいのである。

「わたしは、自分が知らないというたったひとつのことを知っている」(ソクラテス)

無知を公言しながら英智の人であったというこのパラドックスは「無知の知」という言葉で語られ、いまでは彼の代名詞となっている。

ソクラテスは、人間の理性を重視する合理主義者

ソクラテスは、なにが正しいことかを知っている人は正しいことをする、と考えていた。信念(なにが正しいか)に反することをすれば、人は幸せになることはできず、幸せになる方法を知っている人は、幸せになろうとするものだからだ。

これを彼流にいうと、

「正しい認識は正しい行いにつながり、正しい行いをする人間だけが正しい人間である」

ということになる。

半面、人間がまちがった行いに手を染めるとき、それは、その人がそれを悪いことだと知らなかったからであり、犯罪というものはすべからく無知から生じるとして、犯罪者は罰するより教育が必要なのだと説いたのである。

このため、ソクラテスは善悪の認識の基礎をかためることが最優先の課題だと考えた。そして、その基礎は人間の理性にある、と。この点でも、ソクラテスはソフィストとは正反対である。善悪を区別する能力は、社会の側でなく、理性にあると信じたのだから。ソクラテスは、どんな状況でも適用できる善悪の定義を見つけようと努力した。

彼は人間の理性を信じた。この点においても、彼はれっきとした合理主義者(理性を世界に関する知識の源とみなし、理性に絶大な信頼を寄せる人)であり、自然哲学者でないことがわかる。

ソクラテスは、人間の理性を信頼していた。他人に対しては、一貫して傲岸不遜な、偽悪的な態度をとりながらも、心の底では人間というものを愛していたのだろう。そうでなければ、これほどに後進に慕われ、後世に影響を与えることはできなかったにちがいない。

つづく

photo credit: Socrates via photopin (license)


40代前半。この年になると仕事でも私生活でもいろいろ思うところがあり、思索にくれるうちに頭がこんぐらがってきたから、ブログに思いのたけをつづって、ついでに問題を整理しようと思ったのが、当サイト開設のきっかけ。だから全部、日記みたいなもの。
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