哲学部
人間の社会、文化、芸術、科学、技術はすべて哲学からはじまった。哲学は、だからいろんなことを教えてくれる。
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ストア学派が自然法とヒューマニズムの礎を築いた

ゼノン

ストア学派(ストア派とも)は、キュニコス学派にインスピレーションを得た学派。

開祖は、アカデメイアでも学んだというゼノン(前335~前263年)。彼が紀元前300年ごろにはじめた。

人間はロゴスを擁する、世界のミニチュアだ

ストア派の哲学者らは、人間はこの宇宙をあまねく支配する同一の理性や法則――ロゴスをもっている、とみていた。一人ひとりの人間は、世界の縮小版だと考えていた。彼らの言葉を借りると、マクロコスモス(大宇宙)をうつすミクロコスモス(小宇宙)ということになる。

そう、この発想はヘラクレイトスそのものなのである。

ヘラクレイトスのロゴス(世界の理性、法則)

「神は昼であり夜である。冬であり春である。戦であり平和である。空腹であり満腹である」とヘラクレイトスはいう。

彼のいう「神」とは、神話の世界に登場する神々でなく、世界全体に広がる自然のイメージだ。だからであろう、ヘラクレイトスは、「神」の代わりに「ロゴス」(世界の理性、世界の法則という意)という言葉をひんぱんに使っていた。

なお、彼の考えでは、ロゴスはあるゆるものに不変の法則だった。

(当ブログの記事「万物不動か流転か、パルメニデス対ヘラクレイトス」から)

人間と自然界、魂と物質の垣根を解消!

ストア学派やヘラクレイトスのロゴスは、のちの普遍妥当の法「自然法」の考え方につながってゆく。

自然法というのは、時間も空間も超越する、自然界のすべてのものごとを支える原理原則だ。ソクラテスもそういうものがあると考えていたふしがあるが、とにかくストア学派は人間と世界の垣根をとっぱらい、精神と肉体の対立さえも吹き飛ばしてしまったのである。

あるのはただひとつ、自然(ロゴス)だけ、と説いたのだ。

ぼくらはこれをいま、一元論という。

ちなみに、現実を感覚界とイデア界の2つに切り分けたプラトンなどは二元論者だ。

ストア学派はローマにギリシアの文化と哲学を広めた

古代ローマの街並み

ストア派の哲学者たちはヘレニズム時代、そしてローマ時代にも大活躍。ギリシア語の書物をラテン語に翻訳したりして、ローマにギリシア文化やギリシア哲学を広めるのにもひと役買っている。

なにしろ、彼らはコスモポリタン(国際人)だった。世界全体(コスモス)が自分の国(ポリス)であると考えていた。

だから、時代が移り変わり他文化が流れこんできても、けっして自分たちの殻に閉じこもったり、悲観的になったりせずもせず、新しい時代の風をしなやかに受けとめ、そのなかで自分たちの思想を表現していくことができたのだ。これは、宗教の混交(シンクレティズム)や文化の混交によって、人生観や宗教観が崩壊した庶民とは対照的。

彼らは人間社会のあり方を活発に議論し、政治にも大きな興味をもっていた。ストア学派の哲学者のなかには政治家になった者もいれば、ローマ皇帝になった者までいる。

ストア学派は、政治家も輩出

キケロ(前106~前43年)も、ストア学派出身の政治家のひとり。

キケロのいちばんの功績は、人間一人ひとりを社会の中心に据える、新しい世界観「人間中心主義」(ヒューマニズム)の概念をつくりあげたことだ。

キケロが死んだあと、同学派のセネカが、

「人間は人間にとって神聖だ」

と記し、これは1200~1300年後のルネッサンス期に興った「人文主義」(ヒューマニズム)のキャッチフレーズともなった。

ストア学派はまた、病気や死などの自然過程のすべては、普遍的な自然法とともにある、といった。

ひとが病気になるのも、いつか死ぬのも必然だから、ぼくらはどんなにつらい状況におちいったとしても悪あがきはせず、静かに受け入れるべきだといった。

仏教でいう「悟りの境地」と同じだろう。

ぼくはふと夢想する。

もし、ぼくがのび太だったら……。

この100年で、人類は同じ地球に暮らす仲間である生き物の種の3割を絶滅に追いやった

このままではこれからの100年で、さらに地球上の生物種の8割近くが絶滅するという。

人類にはいま、毎日の食事にも満足にありつけないひとが10億人もいる。

世界の富の8割は、2割のお金持ちが所有している

90人足らずの「持てる人」と、30億人の「持たざる人」の財産がちょうど同じくらいだという。

貧しいひとびと

もし、ぼくがのび太だったら、ストア学派をごっそり現代へ連れてきて、政治を任せたい。

一極集中してしまった世界の富をいったんひとつにまとめて、平等に再分配。借金は棒引き。そのうえで、新しい政治と経済のシステム、法をみんなで考えながら再構築してゆく。

ガラガラポンだ!

世界はずっと住みよいものになるにちがいない。

つづく



40代前半。この年になると仕事でも私生活でもいろいろ思うところがあり、思索にくれるうちに頭がこんぐらがってきたから、ブログに思いのたけをつづって、ついでに問題を整理しようと思ったのが、当サイト開設のきっかけ。だから全部、日記みたいなもの。
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